オレは極寒の地を歩いている。
ほら、見てくれよ。
このきれいな足跡を。
今は夏だから、吹雪もこないだろうから、しばらくはこれらの足跡もそのまま残っているだろうなあ。
このまま消えてほしくないなあ。
って、そうじゃないだろう。
早く消えてくれなきゃ、困るんだった。
オレは今、ある組織から追われている。
だから、足跡が消えない限り、オレは追われ続ける。
この場所に来たのは計画の一環だった。
オレが彼らの目を欺き、逃げ切るための唯一の手段として選んだ道だ。
しかし、どうやら誤算だった。足跡がこんなに長く、くっきりと残るなんて思わなかった。
風が吹けば消えるかもしれないが、今日は不運なことに空は澄み渡り、風もほとんどない。
むしろ、そのせいで日差しが容赦なく降り注ぎ、オレの体力をじわじわと奪っていく。
後ろを振り返ると、地平線の向こうには何も見えない。だが、それが安全を保証するわけではない。
やつらはすぐ後ろにいるかもしれない。ここに来るまでに、すでに何度か尾行を撒いたつもりだったが、確証はない。
今までの経験上、やつらはしつこい。どんなに完璧な計画を立てても、必ずその裏をかく。
「クソッ…」
オレは足を速めた。だが、走るわけにはいかない。
疲れ切ったら、それこそ終わりだ。
適度なペースを保ちつつ、どこか隠れられる場所を探す。
だが、周囲にはただ白銀の世界が広がるだけで、隠れる場所など一切ない。
そうだ、湖があるはずだ。あそこまでたどり着けば、何とかなるかもしれない。
地図によると、氷の湖が数キロ先にある。
そこにたどり着ければ、氷の上を歩くことで足跡を消せるはずだ。
計算では、それまでに追手が追いつくことはない…はずだ。
オレはひたすら歩き続けた。冷たい空気が肺を刺し、足がしびれてくる。
それでも止まるわけにはいかない。
しばらくして、遠くに湖が見えた。だが、その手前に黒い点がいくつか見える。
人影。
まさか、もう追いつかれたのか?
いや、違う。
あれは…テント?
近づいてみると、そこには小さなキャンプがあった。
漁師か何かだろうか?だが、こんな場所で?
とにかく、これはチャンスだ。彼らに紛れてしまえば、少しの間、姿を隠すことができるかもしれない。
オレはゆっくりとテントに近づいた。そして、ひとりの男がオレに気づいて声をかけてきた。
「おい! こんなところで何してる?」
彼の目は鋭く、まるでオレの事情を見透かしているようだった。
「旅の途中で道に迷ったんだ」
オレはできるだけ自然に答えた。しかし、彼の表情は変わらない。
そして、次の瞬間、彼は腰をかがめて大爆笑した。
「はっはっ、道に迷っただと? こんな場所で、どうやって道に迷うんだよ? コンパスに従って進んでいくだけだろう?」
ひとしきり笑って、落ち着いた後、彼はおもむろにテント口の布を押しのけて、中に向かって言った。
「おい、みんな! こんなところにバカが迷い込んできたぞ」
すると、中から3人ほどの男がぞろぞろと出てきた。
男たちは全員、マシンガンなどの銃を携帯していた。
「どうした、ナヌーク? 気持ちよく眠ってたのに…。なんだ、こいつ?」
ナヌークと呼ばれた男が言った。
「こいつ、『道に迷ったんだ』だと。 一体、どうやったら、こんな場所で道に迷うんだよ。なあ、兄ちゃん!」
オレは本当にヤバい状況になったことを悟った。
「いや…。本当に迷ってしまったんです…」
マシンガンを持った男の一人が言った。
「確かにこいつ、怪しいなあ。密猟者じゃねえのか?」
「まあ、待て。こいつの言い分だけでも聞いてやろうじゃねえか」
「…そうだな。だが、お前、変な動きしたら即座にぶっ放すからな」
オレはゆっくりとうなずいた。逃げ場はない。
やつらの言うことを聞くしかない。
彼らの焚火の周りに座らされると、ナヌークがじっとオレを見つめた。
「お前、本当に旅人か?」
「…ああ」
「なら、証拠を見せろ」
オレはバックパックを開き、適当に誤魔化せるものを探した。
そのとき、遠くで突然、銃声が鳴り響いた。
「何だ?!」
「敵か!?」
テントの周りで、雪煙が上がる。
どうやら、組織の連中が追いついてきたらしい。
オレは生まれて始めて、組織のやつらに心から感謝をした。
「お前、やっぱり厄介ごとを抱えてやがったな!」
男たちは銃を構え、銃声のした方に向かって走り出す。
オレはその隙に素早く立ち上がり、テントの反対側から静かに抜け出した。
湖の方へ走る。氷の上なら足跡は残らない。
でも、あいつらこそ、密猟者じゃねえのかな…。
オレはそう思いつつ、足跡のつかない湖の表面へと走り去った…。
コメント