おれは今、車をぶっ飛ばしている。
今日は会社で腹の立つことばかりがあったから、その腹いせというわけだ。
今、ようやく会社から解放された。
おれはこの瞬間がたまらなく好きだ。
「自由だ―」と叫びたい気分だ。
光の速さで街並みが後ろに遠ざかっていく。
このまま会社も家族もすべて投げ捨てて、どこかに行ってみたいと思うときがある。
このまま飛行場に行って、航空券を買って、そのまま誰も知らない場所へ行くのだ。
イタリアの片田舎なんていいなあ。
ワイン農場に雇ってもらって、ゆっくりとぶどう相手に暮らしながら、人生についてじっくりと考える。
そして、ワインを片手にブドウの苗が整然と並んだ農園をぼんやりと眺める。。
待てよ。映画の見すぎじゃないか?
「人生について」なんて、そんなにじっくり考えるものだろうか?
人はだれだって、いつの間にか生まれて、いつのまにか育っていく。
そこに計画性なんてほとんどない。
(もちろん、例外はある。医者の家に生まれれば、当然、自分も医者になることを意識するだろう。)
そして、ようやく自分というものが確立できたと思ったら、もう30代だ。
その後は時間がいっきに加速する。
それに、地震だって起こるし、ウィルスだって蔓延する。
いくら準備していても、神様のほんの気まぐれですべてひっくり返ってしまうのだ。
おれは次の信号を過ぎたあたりでコンビニの駐車場に車を止めた。
やはりおれにはこの場所しかない。
いまの会社と家族、このワンセットで踏ん張っていくしかないのだ。
おれは小さなため息をついて、車のエンジンを止めた。
コンビニに歩いて行きながら、おれは考えた。
「今日はシャケ弁当にしようか。。」
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