この空はどこまで続いているのだろう?
僕はよく自分の背中に翼がついていたら、どんなにいいのにと思うことがある。
そうすれば、ガキ大将のベンにもいじめられないで済む。
だって、なぐられそうになったら、ぴょんと飛んじゃえばいいんだもの。
そして、上からこう叫んでやるんだ。
「殴れるものなら、なぐってみな」ってね。
ベンの驚いている顔が目に浮かぶようだ。
それを想像するだけで、顔がにやけてくる…
それに母ちゃんのお使いだって、すごく楽になる。
だって、隣町のスーパーマーケットだって、3分で飛んでいけるから。
いつものように徒歩だったら、ゆうに40分はかかってしまう。
面倒くさいんだ。
それに空を飛んでいくなら、途中で学校の友達に会うこともない。
母ちゃんのお使いなんて、ダサすぎる。
どうしていつも僕なんだ…
まあ、兄ちゃんはもう大学生だからしかたないか…
「翼があったら」なんて、色々と考えてみた。
だけど、ここで現実に引き戻される。
翼なんて、努力でどうにかなるようなものじゃない。
勉強をたくさんしたら、翼が生えてくるんだったら、いくらでも勉強をしてやるさ。
運動をたくさんして、翼が生えてくるなた、一日中だって運動をやってやるさ。
でも、そんな強がりもただむなしいだけ。
それに、僕には翼なんて絶対につかないことはわかっているんだ。
だって、兄ちゃんに背中に翼のついている生き物(天使?)の絵を一度、見せてもらったんだ。
そこに描かれている翼のついている生き物は顔も腕も足もすべて真っ白だった。
まるで牛乳のように滑らかで柔らかそうだった。
僕の姿はこんなに黒い。嫌になるぐらいに。
それに髪の毛も黒くてちりちりだ。あの生き物のような流れるような金色じゃない。
なぜ、僕はこんな姿なんだ!
僕もあんなに牛乳のように白くて、柔らい世界で暮らしたい。
僕はそんなことを考えながら、ベランダで夕日が沈むのを眺めていた。
夕日はまるで血のように真っ赤だった。
夕日の周りに漂っている雲も真っ赤に輝き、まるで僕がこんなことで落ち込んで
いるのをあざわらっているようだった。
その時、後ろに気配を感じた。兄ちゃんだった。
「どうしたんだい、坊主。いつもの元気はどこへ行った?」
「兄ちゃん! どうして、僕には、翼がないんだい?
この前見せてもらった絵には、翼のある生き物がいっぱい飛んでたよね」
「なんだ。あの絵のことか。あの絵がどうしたんだい?」
「どうしたんだって。僕も翼が欲しいんだよ。いろんなところに飛んで行って、
ベンだってやっつけてやるんだ」
「そうか、あの絵がお前にとって、そんなに重荷になってたのか…」
しばらく考えてから、お兄ちゃんは続けた。
「お前には翼なんていらないよ。
お前にはその賢い頭、強い両腕、俊足で走れる足がある。
それさえあれば、お前は何にだってなれる。
そのうえ、お前はまだ、翼なんてとんでもなくぜいたくなものを求めている。
ぜいたくは罪だぞ。わかっているだろう。
それに、翼なんてあったって、ろくなことはない。
他の子のやっかみを買うだけだよ。
お前は今のままで十分。
しっかりと勉強して、しっかりと運動して、お前が本当になりたいものを追いかけていくんだ」
「そりゃ、兄ちゃんはいいよ。背だって高いし、頭もいい。僕なんてこんなにちんちくりんだし、ベンにはいつも殴られている…」
「大丈夫だよ。背は必ず伸びる。牛乳を飲んでいればね。他に何かある?」
「僕も兄ちゃんみたいに、早く大学に行って、母ちゃんを見返してやりたいんだ。
母ちゃん、いつも言ってるよ。兄ちゃんの残りかすが全部、お前の所に行ったんだねって」
「そんな、ひどいことを… よし、明日から毎日一時間兄ちゃんと一緒に勉強するか」
「ありがとう! 今日からでもいい?」
「いいよ」
兄ちゃんがそう言い終わるのを聞いて、僕は顔を上げた。
兄ちゃんは優しく笑いかけてくれていた。
僕の中で何かが、はじけとんだような感じだった。
翼なんて、どうでもよくなっていた。
そして、兄ちゃんの姿がゆっくりとゆがんでいった。
自分の涙がしょっぱかった。
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