物音ひとつしない海の上で

Life

今から漁にでるところだ。
あんたらみたいなサラリーマンにとっちゃ、
オレら漁師みたいな仕事は信じられねえだろうなあ。
今みたいな時間から荷物を積み込んで、深夜から漁を始めるんだ。
辺りが暗くなりだしたら、秘密の場所まで船をすすめていく。
そんな秘密の場所は漁師だったら、誰でも2つや3つ持っているのさ。
目的の場所に着いたら、ライトをつける。
そのライトにサンマやイカが寄ってくるから、そこに網を
打ち込むってわけよ。

「大変ですね」だって?
おい、あんた、言葉に気をつけなよ。

オレたちはあんたらみたいにボケーと机に座ってて、給料が
もらえるわけじゃねえ。オレたちは毎日が戦いだ。

戦いと言ったって、魚たちを憎んでいるわけじゃねえ。
憎しみというより畏怖の念のほうが強いんだ。
もちろん大切な商品だという思いはあるが、それだけじゃない。
オレたちは魚を神様からの贈り物だと思っているから。
そういうとお前ら無神論者たちは「また始まった」と思うんだろう。

そうじゃねえ。
物音ひとつしない夜中に船を浮かべていると、確実に神様の視線を感じるんだ。
網をもって投げるタイミングを計っていると、どこかから「今だ」という声が聞こえるんだ。
毎回じゃねえ。
3日連続でその声がきこえた時期もあったし、2カ月間まったく聞こえなかった時期もあった。
でも、その声のタイミングで投げられたときには、ほぼ確実に大漁だった。
どうだい?
これでもまだ、神様がみてくれてないって言えるかい?

あんたらサラリーマンみたいに給料が安定しているわけじゃねえが、
オレはこの仕事を愛している。
真夜中、物音ひとつしねえ海に船を浮かべて、神様の存在を感じることのできる仕事なんて
他にないからな。
だから、オレから漁を取り上げようとしないほうがいいぜ。
それは、オレに「死ね」と言ってるようなもんだから。。

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